phaさん著「ニートの歩き方」の中からの言葉。
実際にはネットは人間が作ったもので、人間の活動の集合体ではあるんだけど、僕にとってはネット自体が人間から独立した一つの新しい自然として存在しているように思えた。
インターネット=新しい自然、という考え方。面白い。
ただ、個人的には、インターネットは完全に「自然」というよりは、まだ「社会と自然の中間」という方がしっくりくるかなと思う。
「ネット」は、今までの狭かった社会を広げた。
今までの「社会」はすごく狭い意味だった。
みんな同じ服を着て、出社して、働いて、よく分からない会議をして。そういうことをするのが社会だった。
当然、その社会に適合することができない人が多くいた。
それがネットが登場することによって、「社会」の意味が広がったのだと思う。
- 多種多様なことについて言う人がいたり。
- 社会に出ずともお金を稼ぐことができたり。
- 距離の問題を解決したり。
今までの「社会」だったらできなかったことが可能になった。
今までの「不自然な社会」から、多くの人間の助けになるものになった。それはより「自然」に近づいたのかもしれない。
ただし、「ネット」は新しい問題も生んだ
たしかに、ネットの登場によって旧社会からより自然に近づいたのかもしれない。
ただ、新たな問題も出てきた。
フェイクニュースや承認欲求など、挙げればキリがない。ネットによって選択肢が広がったけど、中毒性や人間を考えさせなくなるなど、問題も多いですよね。
phaさんのように、しっかりとした自己を持っている人。であれば、インターネットとの距離感を測ることができる。自分をコントロールすることができるかもしれない。
ただ、そうできない人の方が多いように思います。
「自然」は人間にとって、人間性を回復する場所だったり、人間の生命活動の根源にあるもの。でも、ネットはそうではない。なくても生きられるし、正しく使えないと危険。
まあ、正しく向き合わないと危険という意味では、自然も同じことが言えるかも。
ただ、それでも、人間という自分自身を「正しいはずだ!」と信じて止まない生物が情報発信をしている場。そこが健全かというと、すべては信用することができない。
おわり
ということで、色々言いましたが、個人的にはphaさんを尊敬しています。
「インターネット=新しい自然」というキャッチーなフレーズにちょっと噛みついた形ですが、めちゃくちゃ思想は面白いし共感するところが多いです。
たぶん自分も同じような価値観を持っているので、勝手に仲間意識を持っています。
