何かを成し遂げること。
それは人間として人生の最大の目的に思える。
- 魂を磨く。
- 自分のポテンシャルを最大限に発揮する。
- 自分の価値を世のために使う。
それはそれで正しいことのように思える。
ただ、こんな意見があることを知った。
頑張りすぎると持っているものまで失う。
この意見を聞いたとき、なるほど?と思った。
たしかに、とも思う一方で。
それは努力したくない人の意見にも聞こえる。
「健全な努力」と「頑張りすぎ」は何が違うのか?
じゃあ「健全な努力」と「頑張りすぎ」は何が違うのか?
それは現状への感謝かもしれない。
2つとも努力はしている。
だけど、健全な努力とは、自分の立ち位置を理解しながら自分なりの目標へ向けた努力をすること。
そちらは健全に見える。
一方で、頑張りすぎは、すでに持っているものを無視して感謝せずに突き進むのは、健全とはいえないかもしれない。
みたいなことかな、と思いました。
おわりに
ということで、「努力」と「無理をする」はまったく違うことかもなあ、ということでした。
人はそれぞれに立ち位置がある。
どんな立ち位置であるにしろ現状に感謝する。
そこから自分なりの目標を見つけて努力する。
それが健全な生き方かなあ、と思いました。


