多作な作家さんってすごい。
たくさんの本を出している。
ぼくが尊敬している作家さんも多作。
というか、多作だからこそぼくもその作家さんを発見できたのかもしれない。
なんでこんなに多くの仕事ができるのか?
どうやったらそんなことができるのか?
そうやって考えることがあった。
それは、これ1つだけしかやっていないから?
もちろんそれもそうなのかもしれないけど。
「1つのことだけやり続ける」とは少しニュアンスが違って。
「もうこれ1つのことをやっていて、止まれなくなっている。」
そんな表現の方が正しいかも?
「続けられるもの」と「止まれないもの」には雲泥の差がある?
以前、「続けられるもの」と「止まれなくなるもの」には雲泥の差がある?という記事を書いたわけですが。
そうやって止まれなくものを持っている。
そして、それを仕事にしているのが多作な作家さんたちなのかもしれない。
つまり、多作=止まれなくなるものを持っている人、というふうに言い表すことができそう。
ぼくもそうやって止まれなくなるものを習得したいなあ、と憧れます。
赤川次郎さん
書店にいくと赤川次郎さんの著作の多さに圧倒される。
「あ」のところからずらーーーーっと。
- 幽霊列車。
- 三毛猫ホームズ。
シリーズものも多い。
おじさん世代に勇気を与えてくれる内容のものが多い。
赤川次郎さんは多作なだけじゃなく、
- 読みやすい!
- 面白い!
小説を読まなかったぼくがスラスラ読んでいけて。
「小説を読めてるぼくはすごい!」
そう錯覚させられるくらい、物書きとしてのレベルが高いということなんでしょうね。
千田琢哉さん
千田琢哉さんも実に多作。
だからこそぼくが発見できた作家さん。
ああ、それも多作のメリットかもしれないですね。
人から発見してもらいやすくなる。
多作な上にめちゃくちゃ共感できる言葉をもらっている。
多作でいろいろな言葉を紡いでいるからこそ、言葉が人の心に刺さる可能性が高くなる。
おわりに
ということで、多作な作家さんは「好きなもの」ではなくて「止まれなくなるもの」を持っている?ということでした。
「好きであること」と「止まれなくなるもの」。
その2つは同じなようで温度感がぜんぜん違うのかもしれない。
白湯とマグマくらい違うのかも。
それは情熱が違うというよりは、もはや気持ちの問題というよりは、それが生活の一部・カラダの一部で、自然とやってのけてしまっているものなのかもしれませんね。
ぼくも「止まれなくなるもの」がほしいなあ。
そう思う今日この頃でした。

