「なんで自分は幸福になれないのか。」
「なんで自分は幸せを感じられないのか。」
それって人生のテーマ。
誰もが答えを求めているテーマ。
考えれば考えるほど分からない。
ただ、過去の偉人たちの名言を見てる限り。
「自分が!自分が!」って言う人たちに対して。
もうそこに答えが出ているようなものなんだな、と思いました。
自分のことを思っている限り、幸福にはなれない
え?
これってマジ?
自分がどうやったら幸福になるかを考えている限り、幸福にはなれないらしい。
うーん、なるほど。
納得感はある、かも?
たしかに、見渡してみると、自分のことばかり考えている人は幸福そうな顔をしている人はいない。
「なんで自分は満たされないんだ!」
そうやって怒ってたり、焦っていたりする人が多いかもね。
ぼくもそう。
自分はどうやったら満たされるのか。
そうやって考えがち。
だけど、一方で、輝いて見える人たちがいる。
彼ら彼女らは、何か自分以外のことに打ち込んでいる人が多いように見える。
①趣味を持つ。
心を打ち込んで事に当たれば、右手を二本得たも同然である。
これはエルハート・ハバードの言葉。
右手二本!
これが幸福を表す指標になっているのかは分からないけど。
なんだかめっちゃ強くなれそう。
何か一つ趣味を持たない限り、人間は真の幸福も安心も得られない。
これはウィリアム・オスラーの言葉。
ああ。
趣味って自分の一部のように考えていたけど。
趣味に熱中するって自分の外に意識を向けるって意味なのか。
なんか根本のところでカン違いしてたみたいだ。
なるほど。
自分の中を掘っていって趣味を見つけるんじゃなくて。
もうガンガンガンガン外に外に意識を向けて趣味を探し求める旅に出たほうがいいのかもしれないね。
②他人に貢献する。
他人に興味を持つことによって自分自身を忘れよう。毎日、誰かの顔に喜びの微笑が浮かぶような善行を心がけよう。
これはデール・カーネギーの言葉。
まあ、趣味がないのなら誰かに貢献することを考える。
それは他人のためになるのはもちろん。
もしかしたらそれによっていちばん救えているのは自分自身なのかもしれないですね。
おわりに
ということで、あなたは幸福になれない、自分のことを考えている限り、ということでした。
2点ほどカン違いしてた。
趣味は自分の一部だと思っていたこと。
そうではなくて、意識を外に向けるためのものだった。
あとは他人への貢献。
それって利他的であるという人間の美しさうんぬんのキレイごとのように思っていたけど。
そうじゃない。
それでいちばん救われているのは自分なのかも、ということ。
いずれにしても、自分のことを考えている限りは幸せにはなれない。
そのことに気づいて外へ外へ意識や目を向けて行動していきたいな、と思いました。
うわー、ずっとカン違いしてたと思うといままでの時間がもったいね。
でも、今気づけた。
それはまだ良かったのかもしれない。
ずっと気づかずに生きていたと思うよりは。

