「質の高いインプットをしたい!」
なんとかラクをしたい。
そして、質の高い情報を効率的に摂取したい。
そう思っていた。
そうすれば、より小さい労力で最大限のアウトプットをすることができる。
それでもって、インプットの時間をアウトプットの時間に充てることができて、圧倒的に時短になるのになあ、と思った。
そんな怠け者の自分に響いた言葉。
インプットの質は必ず量の上に成り立つ
これは千田琢哉さん著「人生で大切なことは、すべて「書店」で買える。 20代で身につけたい本の読み方88」からの言葉。
ああ。
つまり、近道はないってことね!
※※※
インプットも、量が質に転化するらしい。
よく「上達したかったら量をこなせ!」と言われてる。
量をこなしていけば、それがいずれ質に転化するから、と。
ただ、それはアウトプットだけに言えることじゃないらしい。
インプットにも同じことが言えるということらしいですね。
それはちょっと意外。
ぼくみたいな素人が何かを為したいときは、たくさん量をこなせばそのうち質が手に入ると思っていたけど。
すでに本を出している人たちはその道のプロなわけで。
その人たちの本を数冊読めばそれで質の高いインプットをできると思ってた。
つまり、質の高いインプットをしている人は少ない。
みんなそもそも本を読まないようで。
その時点で本を読む人と差がついている。
ただ、本を1冊2冊読んだからといって、それが質につながるインプットになるとは限らないらしい。
それよりは、たくさん量を読んだほうがいいのか。
ぼくは千田琢哉さんの本とか江國香織さんの小説とか。
限られた作家さんの本ばかり読んでいたけど。
それよりは雑多にいろいろな本に手を出すべきなのかな。
そうした方が「インプットの質」を高めることができる。
おわりに
ということで、「ラクして質の高いインプットはできないかなあ?」と思ったら現実を突きつけられたということでした。
インプットにしろアウトプットにしろ。
どちらにせよ結局は量をこなしたモン勝ちということらしい。
ああ、そうなのか。
まあ、たしかに現実世界を見てみたらそうかもね。
少量のインプットで質の高いインプットができていたら、もっとすごい結果を残している人がゴロゴロ出てきたとしてもおかしくない。
でも、それがないってことは、やっぱり誰もがやらないほどのインプットをしろということか。
現に千田琢哉さんもあり得ないほどのインプットをしたあとにアウトプットの鬼として覚醒した、みたいなエピソードを紹介されていたし。
その姿勢を見習うのがベストかもしれませんね。
最近は読書量が減っていたので。
ちょいちょい増やしていきたいなあ、と思うけど。
それができるかはちょっと分からない。(笑)
小説が面白いと、どうしても時間を取られて数はこなせなくなてしまう。
それが目下の悩み。



