「ブログ」って面白い。
ぼくはブログ世代。
SNSが出てくる前にブログに出会って。
ずっと他人のブログに入り浸っていた。
ああ、ブログって最高だな。
人によって世界観がある。
それが個性的に表現されているのがブログという空間。
「ぼくもブログをやってみたい!」とあるとき突然思った。
で、しばらく書いているうちに気づいたことがあった。
「誰に向けて書いたらいいんだ!?」
いざ自分が発信する立場になって思ったこと。
それが読者の想定。
ぼくは相手のいないところへ向けて話すのが苦手。
というか、どんな人がぼくの読者なのかイメージすることができない。
「ブログをずっと発信してきた人たちは何を思っていたんだ?」
「ずっとこんな孤独な作業を続けていたのか?」
そこで一度折れかけた。
誰に書いているかも分からない。
それなのに、書き続ける意味はあるのか?
ぼくにはそんな才能はないなあ、と思っていたんだけど。
それからしばらくブログを続けていた。
と言ってもしばらく間を空けていたりして、細々と続けていただけ。
あるとき自分の昔のブログを見たんですよね。
「え?なんだこれ!?」
最初は、自分の文章の稚拙さに驚いた。
こんな頭の悪そうな文章を書いていたのか。
絶望した。
まあ、そんな経験は誰にでもある。
それは成長している証拠だとも思うし。
で、その絶望のターンが終わって冷静になったときに思ったことがあった。
「・・・やっぱりブログって面白い。」
ここで思ったのは、初期の頃に思ったブログのおもしろさとは違った。
過去の自分の文章によって、未来の自分に感情をもたらしている。
それがなんだか不思議な感じがした。
このときにブログの方向性が固まった気がしました。
「そうか、自分に向けて書いたらいいのか。」
①未来の自分に向けて書く。
今ここで発信していること。
それは誰にも届かないかもしれない。
ただ、ただ一人未来の自分にだけは確実に届くのではないか?
- 今はこう思っている。
- 今はこんな悩みがある。
そうやって過去の日記のように扱われているかもしれない。
今ここで書いている文章が、未来の自分を楽しませているかもしれない。
そう思うだけで、なんだか報われる思い。
②過去の自分に向けて書く。
これは少し違ったアプローチの仕方かもしれない。
こっちの場合は、どちらかというとテーマかもね。
どのようなテーマで書くべきか。
そのときに思ったのは「過去の自分に向けて解決案を書く」ということ。
これのメリットは過去の自分に書いているようで。
実は今同じように悩んでいる人にも届くのではないか?
同じように悩んでいる人の解決の糸口になれるかもしれない?
そういうことにつながると思った。
おわりに
「誰に向けて書けばいいんだ!?」ブログ発信で伝わるための読者設定はどうしたらいい?ということでした。
ブログって他人へ向けて書くものだと思っていたけど。
自分に向けて書く。
そういうやり方もあるのだな、ということに気づかせてくれた。
こと、ブログを続けていきたいと思うのであれば、自分に向けて書くことも必要じゃないでしょうか。
その結果、他者にも影響を与えていけるのかもしれないですね。
微々たる影響かもしれないけど。
ブログという文化。
これがずっと消えないことを願うばかり。


