「心の安らぎ」ってどんなか?
ぼくはずとこう思ってた。
安らぎの心とは、環境に依存しているものだ、と。
静かな環境にいる。
だから、安らぐ。
自分の心が安らぐための環境の中に自分を置いている。
場所・人・モノ。
自分の好きなもので囲まれている状態。
それ以外の安らぎの方法なんてある?って思ってた。
ただ、この言葉と出会ったときに見方が変わりました。
大いなる安らぎの心は、賞讃も中傷も気にしない人間のものである。
これはトマス・ア・ケンピスの言葉。
この言葉を初めて聞いたときは衝撃を受けましたね。
※※※
①安らぎとは自分の中の1つの軸。他人は関係ない。
安らぎって自分の中につくるものなんだね。
自分が集中するべき1つの軸。
それにおいて他人は関係ない。
②安らぎは状態ではなく行為?
安らぎって、なんとなく状態をイメージしてたけど。
実は行為なのかもね。
自分の中に軸を見つけた。
その軸を基にした行動。
それを淡々とやる。
強い心ってやっぱりそうやってつくられると思う。
何もせずにただ心だけを鍛えるなんてありえない。
③中傷をものともしない。
これは羨ましい。
中傷されてもビクともしない心。
そういうのが欲しい。
④賞讃でもビクともしない。
一方で、賞讃にもビクともしない。
これは難しそう。
褒められる。
そうすると、嬉しくなるのが普通。
ただ、それさえもスルー。
自分のやるべきことに集中する。
それが安らぎの心だ、と。
褒められるたびにテンションを上げていたらいけないらしい。
おわりに
ということで、「大いなる安らぎの心」とは?byトマス・ア・ケンピスでした。
「大いなる安らぎの心は、賞讃も中傷も気にしない人間のものである。」
何か軸を見つけて。
その軸を基に行動する。
その結果、安らぎの心を得る。
もはや他人は関係ない。
そんな心が、ほしいです。


