「好きなことで生きていく」
そんなキャッチフレーズがあるわけですが。
それでみんな一斉に自分の「好きなもの探し」を始めた。
そして、好きなものが見つからないと絶望した。
でも、好きなことが見つかったからといって、それが何になるかは正直分からない。
好きなことをやるのは良いこと。
だけど、それが自分の才能に結びついているのかはまったく別のことですよね。
①「好き=才能」だったとしたら、もうみんな才能に目覚めているはず。
みんなが各々に好きなことだけをやっている。
それで才能が開花するなら、みんなもっと幸せなはず。
だけど、好きなことというのは一時的だったり自己満足だったりする。
もちろん好きが才能に直結している人もいて。
そういう人達をぼくたちは「才能がある人」と言っているのかもしれない。
②ハードルを越えて得られる楽しさ。
でも、注意しなくちゃいけないのは、好きなことばかりしている。
それだけじゃ好きなことを探すのに限界がある。
だってハードルを越えることで見つかる好きなことは、好きなことばかりやっているだけじゃ見つからない。
たとえば、自転車。
補助輪をつけていた頃はそれはそれで楽しかった。
だけど、「補助輪を外せ」と言われる。
「なんでだ?」って思いながらも練習する。
そして、補助輪なしで自転車が乗れるようになると、大きな楽しみを得る。
そうやってハードルを越える楽しさがあることも知っておかなくちゃいけない。
そうじゃないと、好きなことや自分の才能がずっと見つからないまま。
③みんな才能を持っているけど、未覚醒の状態で生まれてくる。
みんな才能を持っている。
だけど、生まれたときは才能が覚醒していない。
ハードルを越えることで徐々に覚醒していく。
だってそうですよね。
後に天才ピアニストと呼ばれる人が、0歳でピアノを弾けるわけじゃない。
ピアノに出会って。
少し楽しいと思って。
続けて。
楽しいと思って。
挫折して。
嫌いになりそうになって。
でも、続けて。
また好きになって。
そうやってハードルを越えることも必要。
で、ハードルを越えること自体が楽しい。
そうすると楽しみながら才能を覚醒させていくことができる。
おわりに
ということで、好きなことばかりやっていても、才能は見つからない?ということでした。
好きなことをするのは良いこと。
でも、ハードルを越えることで得られる好きなこともある。
才能もそうやってハードル越えていくことで見つかるのかも。
誰もが才能を持っている。
それを開花するためにはエネルギーが必要なのかも、ということでした。


