「お金」の定義をたまに見かけます。
だけど、この言葉を見つけたときがいちばん衝撃を受けました。
お金は、人間の抽象的な幸福です。だから、もはや、具体的に幸福を楽しむ能力のなくなった人は、お金にかけるのです。
なるほど?
これは分かりやすいたとえ。
①やることがないから、とりあえずお金を稼ぐ。
やりたいことがない。
だから、とりあえずはお金を稼ごう。
やりたいことは後から見つかるに違いない。
そういう人がお金を稼いだ結果、「稼ぐ=やりたいこと」みたいになってどんどんお金を増やしていく、みたいなことなんですかね?
ただ、お金を稼ぐことは抽象的な幸福に過ぎない、と。
なるほど。
そうやって考えたことはありませんでした。
②やりたいことがある幸せ。
そうやって考えると、やっていて楽しいものがある人は幸せということになる。
というか、そういう人ってそもそも自分が幸せかということでさえ考えていなさそう。
そういう人は、淡々と、静かに、一人で、自分の情熱を注げるものに真摯に向き合ってるのかもね。
逆に、やりたいことがないと思考は抽象的になってしまう?
- 漠然とした未来。
- 自分は幸せなのか?
- 世間はどう思っているのか?
やりたいことがある人は「具体的」。
やりたいことがない人は「抽象的」。
そうやって分けて考えると分かりやすくて面白いですね。
③具体的な幸福を見つける。
なるほど、幸福を抽象的か具体的かで考える視点。
その視点は持っていなかったので新鮮でした。
何にしても結局のところは具体的な幸福を見つける。
つまり、やりたいことにしても具体的なものがいいということでしょうね。
そうか。
趣味は大雑把でいいと思っていたけど。
具体的であればあるほど幸福度は増すとなると、話が違ってくる。
これはまた趣味や好きなことについて考え直すことが必要かもしれませんね。
おわりに
ということで、「お金=抽象的な幸福?ft.ショーペンハウアー」でした。
これは新鮮な言い換えでした。
こういう今までの考え方が変わるプチ感動があるから面白い。
具体的な幸福を見つけていきたいな、と思いました。


