自分を客観視することは難しい。
でも、客観視ができれば人生勝ったも同然。
ただ、どうやって?
そんなときに出会った言葉です。
自分を客観的に見なくてはならない(中略)自分をいわば一種の道具とみなして、なにをしなくてはいけないかを決めなくてはならない
これは「惜しみない愛を与え続けるオードリー・ヘップバーンの言葉 80 WORDS OF AUDREY HEPBURN」からの言葉。
なるほど?
客観視+道具として見る、二段構え。
①自分を客観視できる人は強い。
客観視する。
それは自分を俯瞰して見ること。
そうすることで、自分を多くの人間と一緒のようにフラットな視点で自分を見ることができる。
そして、そうすることで自分をどう活かすのが良いか。
それを判断することができる。
ここまではよくあることだと思うんですよね。
②自分を道具として見る客観視。
自分をただ単に客観視することが普通。
ただ、この名言の場合は「道具として」客観視すること。
なんでか?
その方が自分の特色をより客観視しやすいからかな。
自分という人間が道具になるとしたら何になるか?
ほうき?ドリル?ハサミ?ライター?
自分を人間の1人として客観視するのではなく。
そんな人間性さえ取っ払って自分を遠くから見つめる。
そうしたら、自分の特色は何なのか?
そして、自分の特徴を活かすためにはどういうふうにすればいいのか?
そうやって考えることの手助けをしてくれるという考え方なのかもしれません。
おわりに
ということで、「自分=道具?ft.オードリー・ヘップバーン」でした。
自分を道具として客観視する。
それは少し普通の名言とは違う。
ちょっと踏み込んだ言葉だったのが良かった、と思いました。


