「人生とは何か?」
「ぼくは何のために生まれたのか?」
そんな疑問に悩まされることがありますよね。
そして、たいていその答えは見つからない。
こんな言葉に出会いました。
人生とは何か完全に理解できなくても、人生を心ゆくまで楽しむことはできる。
これは春山陽一さん著「「グッ」とくる言葉 先人たちからの名言の贈り物」からのアーニー・J・ゼリンスキーの言葉。
理解しようとせず、目の前のことを楽しむのが良いのかもしれない。
①考えても理解できないなら、時間の無駄。
自分の使命とか、自分の生まれた理由とか。
そういうものを考えても意味がない。
なぜなら、答えがないから。
ある程度まで考えたところで落としどころを決める強い意志が自分にあれば別だけど。
そうじゃないと、無限に考えてしまうこと。
それは時間に換算すると非常にもったいないことですよね。
そんな抽象的なことをずっと考えている時間はぼくたちにはない。
頭ではそう分かっていても、無意識に考えてしまうものかもしれない。
なので、まずは自覚すること。
「あ、今ぼくは人生について考えすぎていて時間を浪費しているかもしれない」
そうやってまずは自分の思考に気づくことが重要かもしれません。
自分の思考を自覚したら、あとはいくらでも対処できる。
ただ、自覚できないとズルズルと思考の海に引きずり込まれてしまう。
②人生を楽しむべき!
なので、目の前のことを楽しむこと。
好きなことがあるならそれをする。
なければ探し続けるのもいい。
そのためには新しい情報に触れ続ける。
結局はそういうことらしいですね。
③抽象的な人生vs超具体的な好きなこと
人生という壮大で抽象的なものを頭から排除する。
そのためには、こちらも本気にならなくてはいけない。
「好きなこと」だけでは生ぬるい。
「超具体的に好きなこと」
これを見つけるのが超最善の解決策じゃないでしょうか。
なんとなく好き。
ふんわり好き。
それだと、人生というもっと巨大なものにどんどん意識を持っていかれてしまう恐れがある。
ただ、超具体的に好きの場合は、そちらにハマり続けていられる。
超具体的な好きがないと、抽象的なものを気にしてしまう習性が、人間にはあるのだと思います。
だから、抽象的な思考を振り切るためには、具体的なものを好きになる。
それがいちばん良いと思いました。
おわりに
ということで、「人生=理解できなくても楽しめるもの。ft.ゼリンスキー」でした。
抽象的なものについて考えすぎるべきじゃない。
- 人生。
- お金。
- 他人。
- 世間。
- 未来。
超具体的に好きなことには、そういった漠然としたものから自分の意識を逸らすほどのパワーがあると、思いました。


