「何もしてない」
その状態は無敵だと思ってた。
まだ何の選択肢も選んでない。
だから、まだどんな選択肢も取ることができる。
そんなふうに思っていた節がある。
この言葉に出会うまでは。
何も選択しないということは、一つを選んだことになる。
これはラビ・マービン・トケイヤーさん著「ユダヤ5000年の教え」からの言葉。
なるほど。
何もしていないことも選択肢を選んだことになるなら、何か1つ選んだ方がいいかも?
①何もしないなら、何かをした方がいい?
自分のやりたいことが分からない。
でも、だからといって何もしない。
それも選択肢を選んだことになる。
なるほど。
でも、それって時間の無駄かも。
この世界でいちばん重要なものは「時間」だって言うし。
何もしないことも選択肢の1つを選んだことになるなら、何かやるという選択肢を選ぶほうがいいかも。
②何かをするなら、学び切る。
何かを1つ選んだ。
そうしたら、できるだけたくさんのことを学んでおきたい、って思う。
今はこの選択肢を選んだ。
でも、どうせこの選択肢もいずれは捨てて先に行く。
そういうふうに思っておくくらいがいいかも。
とりあえず今選んだだけの選択肢なんだから。
だったら、今のうちに学べることはできる限り学んでしまったほうがいい。
今はやりたいことがないから、何に時間をかけても大して変わらない。
だけど、やりたいことが見つかったときに全てを始めるのは大変。
だったら、今無理やり選んだ選択肢の中で最大限学ぶ。
そうしたら、のちのちになってそのときの知識や経験が活きるかも。
「ここは違う」「だけど、ここは似ている」
そういうふうに違っている点や共通点で仕分けすることができる。
全てはつながっている。
そういうふに言われていますからね。
どんな経験も無駄じゃない。
おわりに
ということで、「何もしない=「何もしない」という選択肢を選んだ。ft.ユダヤ5000年の教え」でした。
何をするにしても。
何もしないにしても。
選択肢の1つを選んだことになる。
そう思っておくのが重要かも、と思いました。


