「コミュ障なぼくに人脈なんてできないよなあ」
人脈なんていかにもコミュ強のイケイケなパリピな人向けのもの。
ぼくとは無縁のものだよなあ。
そう思っていた。
そうしたらこんな言葉に出会いました。
「人脈」とはすなわち「情報」。増やしたければまず発信せよ。
これは苫米地英人さん著「君も年収1億円プレーヤーになれる」からの言葉。
なるほど?
人脈が情報になった。
これならコミュ障のぼくにも馴染みがあるもの。
①人脈=情報。
人脈をつくる。
そうするとまず思いつくのがリアルでの会話。
まあ、もちろんそれも有効な手段なのかもしれない。
インターネットで会話するにしてもコミュ障であることに変わりないぼくには不向き。
でも、情報って聞くと、できそう。
発信さえしていればいい。
それは何より甘美な響き。
そうか、それでいいのか。
②より多く便利な情報を発信することが人脈への近道?
より多くの情報を発信する。
それが人脈への近道になり得る?
どうすれば人脈が広がる発信につながるのか。
- おもしろい。
- 役に立つ。
- ものの見方が変わる。
ぼくの場合はそういうふうな人に惹かれるかなあ。
まあ、ぼくがそんな人の役に立つ情報を与えられるかどうかは分からない。
だってぼくがやっていることはただ自分にとって楽しいと思えることだから。
言葉の言い換え。
- 人間=歩く無限の潜在能力。
- 経験=失敗。
- 努力=工夫。
- 作業=時間をお金に変えること。
- 仕事=知恵をお金に変えること。
- 知恵1=知識10=情報100。
- 天職=ミッション。
そういうのをただ発信しているだけでいいのかな。
まあ、他にやりたいこともないし。
ただ、これが誰かの役に立つイメージというのができないんだけど。
ただ、ぼくはこの言葉の言い換えによって救われたから。
そういう人が何人かはいるかもしれない、みたいに思えればやっていけるかも。
これもどこかで聞いた言葉。
「自分が救われたことでしか、他人を救えない」
自分が救われたり感動したもの。
そうでない限りは他人にも感動を与えることはできない。
けっこうこの考え方は当たっているのではないでしょうか。
おわりに
ということで、「人脈=情報。ft.苫米地英人さん」でした。
コミュ障なぼくでも人脈ができるかもしれない。
それはちょっと希望が持てる。
まあ、そのためには、あまり期待せず、無理しない範囲で発信活動をしていきたい、なんて思ったということでした。


