「超・情報化社会☆」
情報が溢れている。
自分にとって有益な情報がたくさんあるはず。
・・・なのに、なぜか自分の問題が解決されない。
なんでか?
今までよりもたくさんの情報があるなら、
自分の問題が何か分かってない。
いくら解決策っぽい情報がたくさんあっても、問題が何か分かってないなら意味がないよう。
まずもって問題が分かってないと、自分の解決策になる情報をキャッチしたとしても、その情報をスルーしてしまう。
人間は、自分で立てた問いに対しての答えしか見つけることができないよう。
じゃあ、人間にとっていちばん重要な問いってなんだろう?
それはこれかもしれない。
自分にとっての幸せの形とは?
人はオンリーワンだ、なんて言われてる。
だったら、幸せの形だって人の数だけあるはず。
にも関わらず、「世間で言われている幸せ=自分の幸せ」だと勝手に定義づけて、他人と争い合っている。
それじゃあ、いつまで経っても自分の幸せは見つからない。
というか、時間を無駄にしてしまっている、無駄なものに人生を削っている。
そう思わなくもない。
まずはインターネットを捨てて自分の幸せを想像しよう!
まずは考えること・想像すること・妄想すること。
「こうなったら幸せだなあ」みたいな情景を思い浮かべる。
絵を描いてみたり、自分のイメージに似ている絵をネットから拾ってくるも良し。
その光景を毎日イメージする!
そう言うとなんだか怪しげな自己啓発セミナーっぽい感じがしますが。
でも、有効なら使わない手はないでしょ?
ぼくは「とある映画」のラストシーンを思い浮かべる。
トム・クルーズ主演の「マイノリティ・リポート」という映画。
あれは未来予知的な内容で、暗い雰囲気で、ストーリー自体面白いのですが。
なぜかぼくの印象に残っているのはラストシーン。
小さな家の中で本に囲まれながら、彼らが本を読んでいるシーン。
たぶんこの映画を見たことがある人でさえ印象に残っていないようなシーン。
そのシーンがなぜだか自分には強烈なイメージとして刻まれているんですよね。
で、その理由が最近判明した。
「ああ、そうか。あの光景がぼくが思い描く幸せなのかもしれない」
今まで見てきた光景の中に、いちばん自分にとっての幸せな光景を探す。
という手も有効かもしれませんね。
おわりに
ということで、「超・情報化社会!!・・・なのに、なんで自分の問題がまったく解決されないのか?」でした。
解決策はたくさん見つかる。
だけど、そもそも自分の問題が分かっていなかったり、自分がどこに向かっているのか分かっていない、ということでした。
なんとなく情報を目に入れているだけ。
そうやっているときは有意義に思うかもしれないけど。
それは時間を無駄にしている可能性もある。
なので、まずは自分の問題を明確にしよう、というふうに思いました。


