人を動かすものは感動。
では、どうやったら感動を生み出せるのか?
感動が生まれる環境というのはどういうところか?
そのように考えるときに有効な考え方があるかもしれない。
それは、逆から考える。
逆に、感動を生まないのはどういうときか?
そのうやって考えさせられる言葉に出会いました。
効率から感動は生まれない
これは永松 茂久さん著「感動だけが人を動かす」からの言葉。
感動は非効率の中にあるという章の中の言葉。
なるほど、たしかに言われてみたらそう。
つまり、人間の活動は無駄であるべきだということかな。
①効率は無駄を省くこと。
効率の定義は「プロセスの改善」。
成果を落とすことなく、無駄を極力省いていく作業ですよね。
仕事においては良いこと尽くしに見える。
ただ、人間の活動としてはどうか?
②感動や笑いは無駄の中にある?
「笑いは無駄の中からしか生まれない」
これはどこかで見かけたの言葉。
たしかに、何かに笑うって、普段はつながっていないものがつながったときに起きる気もする?
いきなり人を笑わせることなんてできない。
そこに至るまでのストーリーテリングだったり文脈の中から笑いの種を育てる必要がある。
そういうストーリーテリングが効率的だとはいえませんよね。
③つまり、無駄だと思えることにも首を突っ込め!?
「最近なんかつまらないなあ」
そう思っているのは、もしかしたら日常生活を効率化・ルーティーン化し過ぎているということかな。
- いつも同じようなものを食べて、
- いつも同じ人と話して、
- いつも同じ場所へ行って。
そうやって効率だけを求めない。
いっけん無駄だと思うことでもやってみる価値はあるのかもしれない。
ぼくも小説よりもビジネス書だったり、20分以上の動画よりもショート動画を見たりしてる。
効率よく楽しめていると思っていたけど、それだとあんまり良くないのかな?
おわりに
ということで、「効率から感動は生まれない」ということでした。
人間は本来、無駄を愛するべきなのかもしれない。
人のクセだったり。
そういうものを許せなくなってしまっているけど。
本来はそういう無駄だと思えるものを、愛するまではいかなくても、受け入れるべき存在なのかもしれないですね。
人間がどんどん効率を求めていったら、それこそAIに置き換えられる人材に自らなろうとしているように見えますね。
もっと趣味に時間を使ったり、新しいものに首を突っ込もう!と思いました。
