モラトリアム。
なんだかマイナスイメージで使われがちな言葉。
でも、そりゃそうか。
だってモラトリアムというのは大人が使う言葉だから。
そこにマイナスの感情がこもっていたとしてもまったく不思議じゃない。
鷲田小彌太さん著「自分え考える技術」からの言葉。
モラトリアムは、仕事を見いだすためではなく、生活を見いだすためにこそある
おお、なんだかそれっぽい。
モラトリアム人間でなければ、老後を楽しく生きていくことはできない。
面白い解釈ですね。
仕事人間が目指しているのは勝利?
仕事人間が目指しているのは、結局のところ勝利なのかな。
同じ価値観の中でできるだけ上に行きたい。
まあ、最近は出世したくない人が多いようですが。
同じ価値観の中にはいるわけで。
そうやって同じ価値観の上位を狙っている人たち。
上に行くほどどんどん狭くなる。
そして、たどり着いた同じ価値観の中でのトップ。
それが定年退職すると、それまでの価値観が無くなる。
そうすると心が空虚に感じてしまうのもイメージがしやすい。
仕事人間とモラトリアム人間を半々くらい持っとく?
仕事人間だけでもダメ。
かといってモラトリアム人間だけでもダメでしょう。
モラトリアム人間は生活を見いだすとあるけど、生活するためにもタダじゃないわけですし。
だから結局はバランスがいいのかも。
仕事を持って1つのスキルでもって邁進する。
片や広い視野を持って世界を眺めたり、考えたり、生活をする。
おわりに
結局は、仕事人間とモラトリアム人間を半々くらいインストールしておきたい。
ぼくは完全にモラトリアム人間。
勝手にモラトリアムに浸ることができる(できてしまう)。
だから、スキルなりを駆使したりレベルアップしてなんとかなりたいなあ、と思う。
モラトリアム人間は老後を楽しむことができるとあるけど。
そりゃたしかに老後を楽しむ自信はあるけど、そこまで持つかが怪しい。(笑)
バランスで考えるって、何事においても重要なんじゃないか?ということでした。


