「苦しい。。」
この苦しみを減らしたい。
この苦しみから逃れたい。
一時的でも苦しみから逃げられれば呼吸ができる。
そうやって逃げられる場所がほしい。
そう思うのは普通のことじゃないでしょうか?
ただ、そうではない考え方もあるようで。
その行動が意外でした。
鴻上尚史さん著「孤独と不安のレッスン」からの言葉。
苦しみの量を減らすために、直接ぶつかる
これは、なかなか手厳しい。
ただ、もしかしたらいちばん軽傷で済むかもしれない?
苦しかったら、逃げたい。
苦しい思いをした。
そうしたら逃げていい。
それはたぶん間違ってない。
傷が癒えるまで休んでもいい。
力を蓄える期間があったっていい。
苦しかったら逃げるというのも、立派な選択肢だと思う。
苦しいからこそ、ぶつかって行く。
一方で、苦しい思いをした。
そこで逃げずに逆に向かって行く、という考え方。
これもある意味では正しいかも。
逃げていると一時的に傷は癒えるかもしれない。
だけど、また同じように傷つけられたときにどうするか?
また同じように逃げるのか?
それとも立ち向かうか?
「恐怖は立ち向かうことでしか減らない」という言葉をどこかで聞いた気がする。
それもたしかに真理。
向かって行くことがいちばん軽傷で済む場合もある。
そういう選択肢もあるということ。
おわりに
苦しみの量を減らすために、直接ぶつかる
鴻上尚史さん著「孤独と不安のレッスン」からの言葉でした。
人生において逃げてもいいときもある。
そして、立ち向かって行くのもいい。
どのような選択肢を取るにしても、誰もが有限の時間の中を生きているということ。
それを頭の片隅に入れておいて後悔の少ない選択をするのがいいのかもしれませんね。


