これからはどんな人が生き残っていくのか?
- 情報化社会。
- AI時代。
この時代は情報に溢れている。
もう答えは出揃ってる。
そういう時代に必要なのが問いの力のようですね。
新しく課題や問題を設定することができる人が強い。
そして、そういう課題や問いを設定できる人というのはどういう人か?
それが「気づける人」とのこと。
だったらぜひとも気づける人材になりたいと思う。
じゃあ、どうやったらそんな気づける人になれるのか?
斎藤孝さん著「「気づき」の快感」からの言葉。
知識があると「気づきの量」が各段に多くなる
なるほど。
情報時代で生き残るために必要なのが結局は情報。
なんとも皮肉ですね。
情報を持っているだけじゃダメ。
今までは情報をたくさん持っている人が強かった。
それが情報の価値が下がって、今では誰もがアクセスできるようになった。
誰もが情報を手にすることができるようになった。
ただ、同じ情報を得ても、人によって気づくものが違う。
いや、正確に言うと、「気付く人」と「気づけない人」に分けられるのかもしれない。
情報を持っていることに慢心していないで、情報×情報とつなげていく。
みんな情報を持ってる。
だから、あとはつなげていくだけ。
まあ、その感覚も間違っているのかも。
「つなげる」ではなく「勝手につながった」みたいな感覚に近い?
「気づき」って能動的にするものじゃない。
気が付いたらできていること。
じゃあ、そういう気づきが無い場合はどうしてなのか?
それは現状の情報の取り方が偏っているからかも。
情報の幅・バラエティー。
1つのジャンルを深堀りする。
そんなオタクだったり研究者っぽい情報の取り方。
ぼくもそうなる傾向がある。
それはそれで情熱があっていいのかもしれませんが。
ただ、これからは幅広く情報があると有利なのかも?
幅広い情報を持っているほど気づきが多い気がする。
「あれ?これとこれは同じようなことを言っているのではないか?」
「この問題はあれを持ってくれば解決するのではないか?」
いっけん質やジャンルが違う情報をくっつけることができる。
それこそが気づける人の理想的な在り方かもしれませんね。
おわりに
知識があると「気づきの量」が各段に多くなる
斎藤孝さん著「「気づき」の快感」からの言葉でした。
情報時代で生き残るには気づきが必要で。
そんな気づきを得るためには結局情報がいる。
まあ、情報時代に先駆けるのであれば、その時代の特性をうまく利用することは自然なことかもしれませんね。
気づきを増やして、この情報氾濫時代の波を乗りこなしていきたいですね。


