「才能がほしい!」
そうやって思う。
才能があればどこでも生きていける。
自分のやりたいようにできる。
人生の自由度が一気に広がる。
才能は自分の強みにしかならない。
自分の才能が見つかることにマイナス面はない。
そう思っていた。
アダム・カヘンさん著「未来を変えるためにほんとうに必要なこと――最善の道を見出す技術」からの言葉。
才能があるということは長所ではない、責任なのだ。
そうか。
たしかに、才能って自分のものためじゃなくて他人のためにあるもの。
そう考えると理に適ってる。
才能を発揮するのは自由だと思ってた。
才能を発揮する。
それは自由な行為だと思ってた。
才能さえ見つかれば解放感を感じられると思ってた。
才能=他人のために使うものである以上は、責任が伴う。
たしかに、才能とは他人のために使われるものですね。
才能は自分のために使われるわけじゃない。
自分を喜ばせるためだったら、単に好きなことで事足りる。
ただ、好きなことではなく、才能である場合は違う。
他人に影響を与える以上は、そこは気をつけなくてはいけないのかも。
自分の意志でもって、才能の手綱を握っておかなくてはいけないのかもしれない。
自分の才能を見つけるのは、終わりではなく始まり。
みんな自分の才能を探している。
必死に探している。
見つからないままの人もいる。
で、幸運なことに自分の才能を見つけた。
「やったー!これで自分の人生はバラ色!自由だ!」
そうやって思う。
ただ、本当はそこがスタートライン。
自分の才能を磨きながら、自分で責任を持って手綱を握ってコントロールしなくてはいけない。
それだけ才能というのは影響力・破壊力のあるものだということ。
おわりに
才能があるということは長所ではない、責任なのだ。
アダム・カヘンさん著「未来を変えるためにほんとうに必要なこと――最善の道を見出す技術」からの言葉でした。
これは才能が見つかることが幸せかどうか怪しい。
覚悟や責任がないなら、才能は無い方がいいまである?
才能がほしいと思ってたけど。
それによって得られるものが自由ではなく責任なのだとしたら、それでも自分の才能を見つけたいと思うかどうか?
どうでしょう?


