「自分とは何者か?」
そうやって思い悩むときがある。
自分が何者か知りたくて、とりあえずいろいろ試す。
- 本を読んだり。
- 人と語り合ったり。
- 旅をしたり。
でも、たいてい追い求めていた自分は見つからない。
なんでなのか?
「生きる力がわいてくる名言・座右の銘1500」から宮藤官九郎さんの言葉。
自分探しの旅に出かけても見つかるわけがない。自分が変わらなければ、どこに行っても一緒だ。
なるほど。
たしかにそうかも。
「自分は見つけるものではなくつくるもの」という言葉があったけど、ほんとうにその通りかも。
旅の目的は「自分探し」ではなく「自分の小ささを知る」こと?
「自分探しの旅」という単語が定着しているけど。
本当に自分探しができるとは思っていない?
ただ旅がしたいだけなのかもしれない?
いや、本当は見つかると思ってるけど。
なんとなく猶予期間がほしいだけ。
自分探しより、自分という存在の小ささを知ることの方が重要かもしれませんね。
「自分は大物!」だというふうにエゴを育てるより、「世界は広いんだ!」というふうに自分の小ささを知って謙虚になることの方が正しいように思える。
みうらじゅんさん「自分探しではなく、自分なくし」
みうらじゅんさんの著作に出てきた表現。
自分探しではなく自分なくし。
下手に自分の個性を決めつけてしまうより、自分の個性を捨ててしまう。
自分の個性を捨てることはネガティブっぽいけど、自分のクセを取り払うという意味ではポジティブ。
そうしたら、そこに残るのが本当にやりたいこと、的な意味かな?
自分探しではなく自分なくし。
これもいい表現。
世界を変えたかったら、自分を変えるのがいちばん。
これもよく聞く考え方ですね。
- 自分が変われば、世界が変わって見える。
- 自分が変われば、これまでとは違うところに注目するようになる。
- 世界を変えたかったら、自分を変えるのがいちばん早い。
これはたしかにそう。
世界は自分の脳が勝手につくり出しているものに過ぎない。
おわりに
自分探しの旅に出かけても見つかるわけがない。自分が変わらなければ、どこに行っても一緒だ。
「生きる力がわいてくる名言・座右の銘1500」から宮藤官九郎さんの言葉でした。
「自分探し」という言葉が普通に定着していること。
これがいちばんの問題なのかもしれない?
この言葉の放つ甘い匂いはなんとなく心地いいですからね。
ただ、ほんとに旅をするならその前に目的を明確にしておくことが重要そ重要な、と思いました。


