「幸福になりたい」
できれば充実した人生を送りたい。
そして、幸福感を得たい。
ただ、幸福とは具体的にどういう意味か?
周りを見ても幸福そうな人と幸福を感じてなさそうな人がいる。
そこにはどんな差があるのか?
彼らを1つの基準でもって測ることはできないか?
そして、その基準を使って、あわよくば自分を幸福の側に持って行きたい。
お金は、人間の抽象的な幸福です。だから、もはや、具体的に幸福を楽しむ能力のなくなった人は、その心を全部、お金にかけるのです。
なるほど?
これは、今までの幸福の定義が覆るかも。
①幸福には、抽象的な幸福と具体的な幸福がある。
幸福には抽象的と具体的がある。
抽象的な幸福を手に入れてもダメ。
手に入れるなら具体的な幸福がいい。
なるほど。
ひとことに「幸福」と言っても抽象度に差がある。
これは良いことを聞いた。
②「お金」や「世間体」や「なんとなく幸せな光景をイメージすること」は、抽象的な幸福。
- お金。
- 世間体。
- 漠然とした幸せな光景。
それらは抽象的な幸福。
もちろんそれらは必要なもの。
だけど、そればかりを追いかけていてはダメ。
たしかにお金で考えると分かりやすい。
お金をたくさん手に入れた人がいるとして。
その人はそのお金で欲しいものを買える。
バンバン買った。
だけど、満たされない。
それは具体的な幸福が分からないから。
心が満たされない。
だから、またお金を増やすことを考える。
「自分が満たされていないのはお金がまだ十分じゃないからだ」と言いながら。
でも、そうやってもお金は抽象的な幸福だから、いつまで経っても幸福になることができない。
お金だけ追いかけても、具体的な幸福を得ることはできない。
③抽象的な幸福を追いかけるよりも、具体的な幸福に手をつける。
抽象的な幸福を追いかけても幸せになれない。
であれば、具体的な幸福を手に入れたい。
具体的な幸福にはどんなものがあるか。
- 特定の人を幸せにする。
- 趣味に打ち込む。
- 自分が実現したい具体的な未来がある。
そうやって身近にできるものがある。
それが具体的な幸福につながるのかもしれないですね。
つまり、趣味を持つことは、お金を持つよりも幸福感が高い。
そうやって言い換えることもできそうですね。
おわりに
お金は、人間の抽象的な幸福です。だから、もはや、具体的に幸福を楽しむ能力のなくなった人は、その心を全部、お金にかけるのです。
幸福には2種類ある。
抽象的な幸福と具体的な幸福。
それが分かっただけでもとても良かった。
ぜひとも具体的な幸福を追いかけて幸福をつかみたいですね。


