「他人のために生きろ」
そういう助言やアドバイスを見かける。
それはそれで正しい一面があるのかも。
ただ、そこに自分が出てきてない。
つまり、自分はどうなってもいいのか?
そうじゃないはず。
最終的には自分が幸せになるために、他人のために行動しているんじゃないの?
「人生の名言1500」からのエマーソンの言葉。
他人のために生きるということは、容易なことである。だれでもみなしていることだ。
これはなかなか深そうな言葉。
言いたいことの意味を100%は理解でないけど。
この言葉を見て思ったことは「他人のために生きる」に自分も含まれているのではないか?ということ。
①自分を客観視すれば、そこに自分という他人がいる。
他人のために生きる。
その他人の中に自分を含めたい。
そう思ったときに思った方法が客観視。
自分を客観視する。
すると、そこに自分という他人が見えることになる。
ちょっと屁理屈だけど、こう考えれば自分も他人の範囲にもなるのでは?
②自分のために生きたければ、自分を客観的に見る必要がある?
つまり、他人のために生きる。
その中に自分を含めたかったら自分を客観視すればラクにできるようになる?
③愛はもらうより、愛を与える方が幸せ?
愛は、もらうより与える方が幸せらしい。
であれば、自分も愛をもらうよりは、自分に愛を与えた方がいい?
自分を客観的に見て、その見えている自分に対して愛を与える。
そうした方が自分も幸せになれるのかもしれない。
おわりに
他人のために生きるということは、容易なことである。だれでもみなしていることだ。
「人生の名言1500」からのエマーソンの言葉でした。
他人のために生きる。
その他人の中に自分を含める。
そうやって自分を他人のように扱って、愛を与えたり、褒めたり、ねぎらってあげる。
そうした方が「他人のために生きる」という言葉をより信じられる言葉として受け止められるようになるかなあ、と思いました。


