「質の高いインプットをしたい」
だれもがそう思うはず。
ただ、なかなかできている自覚がない。
それはなんでなんだろう?
もっと質の高さを選り好みした方がいいのかなあ?
このままインプットしていればいいのかなあ?と思ってた。
そんなときにこの言葉を見て思い当たる節がありました。
千田琢哉さん著「人生で大切なことは、すべて「書店」で買える。」からの言葉。
インプットの質は必ず量の上に成り立つ
これだ!と思いました。
圧倒的にインプットの量が足りていない!
①「インプットの質を高めよう!」そう思ってる時点で負け?
質の高いインプットをしたい。
そう思ってインプットをし始めたわけですが。
それがそもそもの間違いなのかもしれない。
質の高いインプットだけを取り入れてもダメなのでは?
質の高いもの、質の低いもの、両方ないと意味がないというか。
そもそもインプットしているときにそんなことを考えているようではダメかも?
②そもそも質の高いインプットとは何か?
そもそも質の高いインプットとは何?
- 有名な人が言っていること?
- 誰もが読んでいる本?
- 自分が質が高いと思うもの?
それは質が高いのかもしれない。
だけど、そうやって選り好みして得た情報は、その時点で偏ってる。
③量!量!量!
本来あるインプットとは、大量にいろいろなものをインプットすることかもしれない。
それらは最初は無価値なものかもしれない。
だけど、情報と情報がつながりあったときに「ピン!」と価値が跳ねあがる。
そうやって、最終的に質の高い情報になるのであって。
最初から狙ってやるものではないのかもしれませんね。
おわりに
インプットの質は必ず量の上に成り立つ
千田琢哉さん著「人生で大切なことは、すべて「書店」で買える。」からの言葉でした。
選り好みするから中途半端になる。
幅広くからインプットした方が、結果的に質が高まるのではないかなあ、と思いました。


