生きているだけで精一杯。
- 今日はアレをして。
- 明日はああして。
- 今月中に支払いがあって。
大忙し。
そして、それらすべてを終えたからといって解放されるわけじゃない。
またそのくり返し。
苦しい。
この苦しみから解放されることは永遠にないのだろか?と思う。
そんなときにアンソニー・ロビンスの言葉に出会いました。
ずっと苦しんでいた人たちも幸せを見つけることができる。その人たちは気づくことができたんだ。人生は苦しむには短すぎる、と。
Life is too short to suffer.という言葉。
さらに、対処法も。
その考えをずっと信じている。だから苦しくなるんだ。その考えを疑ったときに、思考パターンから解放される。
なるほど。
その考えは本当なのか?と疑う。
そこに少しでも論理が破綻したら、その考えから解放される。
①「自分の苦しみ」は本当に「苦しみ」なのだろうか?
自分の苦しみというのは本当に苦しみなのだろうか?
そうじゃないかもしれない。
苦しいのは、楽しいときがあったときに2倍楽しく感じられるからあるのかもしれない。
苦しみが一切なくただ単に楽しいことがあっても、苦しみが無ければ楽しさは半減するかもしれない。
そうやって「苦しみ」をいろいろな角度から見て、こねて考えると良いかもしれない。
②「ああ、自分は今苦しんでいるな」と自覚すると、苦しみは半減する?
ぼくたちは日々いろいろな感情が頭の中で発生しては消えていく。
それは当事者にとってはせわしないこと。
できれば、どんな感情も一切感じなければラクなのに、と思う。
そうやって感情を一切消すことは無理かもしれない。
ただ、それに近い状態に持って行くことはできるかもしれないですね。
それが「客観視」。
かんたんに言うなら「ああ、今自分は苦しいと思っているな」と思うこと。
そうやって自分を他人事のように思うこと。
そうするだけで、感情による支配から解放されてものごとを見渡すことができる。
そして、少しの間だけでも苦しみから解放されることができるかもしれません。
おわりに
アンソニー・ロビンズ「人生は苦しむには短すぎる」
ああ、今自分は苦しみを感じているなあ。
そう思うことができたらそれだけで苦しみから半分脱却している。
そして、その苦しみは本当に苦しみなのか?
そうやって疑ったときには苦しみからかかなり脱却できているのかもしれません。


