他人のことが気になる。
- 他人が気になる。
- 他人の動向が気になってしまう。
それだけだったらまだ良いのかもしれない。
- 他人を恨んでしまう。
そこまで行くと、何かが間違っているのかもしれないなあ、と思う。
ただ、何がどう間違ているのか?
それはよく分かっていなかった。
このたびその考え方のヒントとなる言葉に出会いました。
みずから愉しむことのできない人々は、しばしば他人を恨む。
なるほど。
これはたしかにそうかもしれない。
そもそもなぜ他人が気になるのか?
そもそもなぜ他人が気になるのか?
- やりたいことがない。
- 自分に自信がない。
- 結果が出ない。
- 自分のやるべきことをやってない。
そうやって自分に自信がないと、他人が気になる?
これは耳が痛いけど、事実じゃないですかね。
ぼくもそう。
というか、だいたいの人はこうじゃないですかね。
まずは自分で自分を愉しませる。
他人が気になる理由。
それは自分一人じゃ寂しくて楽しくないからかもしれない。
だから、他人のところへ遊びに行ってそこで楽しい思いをする。
それでもいいのかもしれない。
でも、そうするといつまで経っても他人依存なまま。
であれば、どうすべきか?
まずは自分で自分を愉しませることかもしれない。
- 本を読む。
- 散歩する。
- 考える。
- 考えを書いてみる。
- 1人でできる遊びを発明する。
そういうところからかなあ?
子どもの頃はみんな「一人遊びの天才」だった。
特に子どもの頃って「一人で遊ぶ天才」だったと思う。
今の時代は知らないけど。
1人になるやいなや、自分一人で遊ぶしかなかった。
インターネットとかなかったから。
だから、自分でルールを決めてそのルールの中で遊んで、世界観をつくって、その中に浸っていた。
そうやって自分で自分を愉しませる技術に長けたいた、と思いますね。
おわりに
みずから愉しむことのできない人々は、しばしば他人を恨む。
他人が気になりすぎることは健全じゃないと思う。
自分の時間は有限なわけで。
それを有効に使った方がいいに決まってる。
それを他人を変えようとする努力に全振りするのは、手応えがない。
他人は変えられませんからね。
自分を変えるのも難しいのに、他人を変えるのはさらにハードルが高い。
だから、まずは自分に意識を集中させる。
そうした方がより良い人生を歩めるのかなあ、と思ったということでした。


