「座右の銘を持っていると人生の指針になる」
それはそうだと思う。
座右の銘を持っているのと持っていないのとでは、大きな違い。
とはいえ、座右の銘は1つがベスト?
ただ、だからといっていくつも座右の銘を持つことが良いこととは限らないと思う。
座右の銘を持った。
ただ、もっと欲しい。
1つより2つ。
2つより3つ持っていた方がいいのではないか。
そうやって考えてもおかしくない。
というか、それはまさにぼく自身が考えていたことだった。
座右の銘を2つ以上持つと、迷う?
ぼくは座右の銘を5つくらい持っていた。
それで機能する人もいるのかもしれない。
ただ、ぼくの場合は、迷ってしまった。
座右の銘とは、いざというときに人生の指針になるべき言葉。
心の中の迷いを消して、1つの方向へ進んでいけるためのもの。
ただ、座右の銘を5つ持っているということは、5つの方向へ進もうとするのと同じこと。
そうすると、歩みが遅くなったり、下手したら5つの方向へ進もうとするあまりその場からまったく動けなくなってしまうかもしれない。
「多目的」は「無目的」
1つのものに2つ以上の役割がある。
それはいっけん良いことのように思える。
効率の良いことのように思える。
ただ、思い返してみるとそうでもないのかも。
学校にあった多目的室。
あれはいろいろなことに使っていいよという部屋だったと思うけど。
結局はいろいろな人の荷物置きに使われてしまった。
あとはいろいろな競技に使えるスタジアム。
いろいろな競技に使える分、思い入れが薄くなる。
そうすると責任感も芽生えづらくなる。
おわりに
座右の銘を持つことは良いこと。
ただ、できるなら1つに絞った方がいい。
それがぼくが何年も成長が止まっていた原因だったかも。
いろいろな言葉を知っているのは賢い証拠かも。
だけど、これと言った1つの言葉に絞る。
それも賢さの一つかもしれませんね。
座右の銘は0でも、2つ以上でもダメ。
1つに決めること。
これが個人的にたどりついた答えですね。
