神社でお願いごとをする。
そのときにどうやっていたか?
ぼくの場合は、
「○○がうまくいきますように」
「△△がぼくの理想通りにいきますように」
そんな感じだった。
願いごとなんだからそんな感じでいいでしょ、となんとなく思ってた。
ただ、どうやら違うのではないか?
そう思ったきっかけとなる言葉があった。
晴山陽一さん著「こころ湧き立つ英語の名言」からの言葉。
すべての人は世界を変えたいと思っているが、自分を変えようとは思ってない。レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ
なるほど。
これはたしかにそうかもしれない、と思いました。
世界を変えたいなら、まず自分を変える。
「自分の外の世界を変える。」
それが自分の願いごとをする目的。
でも、そうやっていつまでも外の世界が変わってくれることを願っていてもダメなのかもしれない。
まずは自分を変える。
自分が変わると世界も変わって見える。
結果、自分が変わったことで、外の世界を変えたことになる。
自分を変える=自分が成長する。
自分を変える。
そうすると世界が変わる。
では、自分を変えるとは具体的にどういうことか?
それは自分が成長することかも。
人間はいくらでも成長することができる。
成長が終わるなんてことはない。
死ぬまで成長することができる。
そうやって自己成長すること。
そうすることで外の世界の見え方も変わってくる。
願いごとは、他力本願する場ではなく、決意の場。
つまり、願いごとというのは、いわゆる神頼みではない。
「神様助けてー」と他力本願する場ではない。
願いごとを叶える。
そうやって自分の外の世界を変えるためにはまずは自分が変わらなくてはいけない。
それが必要条件だとしたら、願いごとというのは決意。
自分の願いが叶うような人物になる。
そんな自己成長を願う場なのかもしれない。
おわりに
ということで、願いごとに関する名言でした。
すべての人は世界を変えたいと思っているが、自分を変えようとは思ってない。レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ
願いごとを他力本願か決意と捉えるかでその願いごとが叶うかどうかに大きく影響しそうですね。
90%以上の人は願いとごとを他力本願だと思ってる。
ぼくもそう思ってたわけですし。
そうじゃなくて願いごととは自己成長を表明する場だと気づいた人から、願いごとを叶えていけるのかもしれませんね。




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